「帰り来て 坂田力 自選短歌集」

 著者 稲光 にしき

 

 

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 村田喜代子氏の序文が光る。偉い人が義理で書くまえがきは巧言令色、褒め言葉の羅列で一体この本を読んでいるのかと疑うほど読み手の心に響かないことが多い。 村田氏はこの本の出版の意図を理解し父坂田力の人となりを正確に把握した上で序文を書かれたのであろう。坂田父、子に対する思いやりがにじみ出ている。勿論村田氏の「文章講座」で磨いた筆者の表現力はさすがである。生前「いつか自分の歌集を上梓したい」と言っていた父の願いを54年間忘れず持ち続けた情念の深さに心打たれる。収録された歌は日々の暮らしの中で市井の人や風景を詠んだ作品が多い。半世紀経った今も当時の家並み、空気、雑踏が筆者にはあたかも子守り唄のようなリズムをもって聞こえているのではないだろうか。
 更に筆者は郷土雑誌『黄櫨』に「故郷八女の思い出」と題して十年に亘って連載をしている。自分を育ててくれた両親と18歳までの多感な時期を過ごした故郷・八女への畏敬の念を60年以上経過してもなお持ち続けてきた少女のごとき純粋さに敬意を表したい。単なる遺歌・遺稿集ではなく筆者のエッセイ集としても読み応えのある一冊である。

 

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