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2023.12 追加

「私とぼくのバアバ
 
 徳子物語」

 著者 福原信彬


 75歳で突然妻に先立たれた畏友が妻へ贈るレクイエムであり遅過ぎたラブレターである。本人は「2人の孫のための本なのだ」と弁解しているが。新聞記者として文章書きを生業としてきた著者は、同年代の男たちがそうであるように愛情表現が苦手であり、素直に感謝の気持ちを伝えることができなかった。その無念さが随所ににじみ出ている。8歳年下の元気印の妻が自分より先にいなくなるとは夢にも思っていなかったろう。失って知る、なくしたものの存在の大きさである。後悔先に立たず、油断、うかつ、わがまま……この3年間何度悔やんだことだろう。家事一般、家のことには全く無知なまま一人大海原に投げ出された男の悲哀と戸惑いが文中に素直に記されている。明朗闊達な奥様は徳子イズムともいえる本人独自のファッションに身を包み、生徒たちに慕われ、親御さんから信頼され、同僚の教師たちと共に充実した教職生活を40年余り続けてきた。67年の人生は駆け足で短かすぎたが「山高きが故に貴からず」「人生長きが故に貴からず」ともいうように、生きた年数の長短で値打ちが決まるものではない。きっと神様が「徳子さんは普通の人以上の一生を十分生きて責任を果たしました。もう私の元に戻っておいで」と召されたのであろう。たとえその身はなくても、この本を開けばいつでも奥様を偲び当時にタイムスリップできる。幸い著者は健康であり趣味を通しての交友も広い。この本の上梓をステップに再び人生90年、100年に向けて踏み出されることを期待する。いかなる夫婦もいずれはどちらか一人が残される現実を考える意味で、警鐘の書である。特に人生の第4コーナーを回った高齢者に読んでもらいたい。
 追記、今書棚に城山三郎著『そうか、もう君はいないのか』新潮社、川本三郎著『いまも、君を思う』新潮社がある。お隣りに『徳子物語』を並べたい。

2023.11 追加

「人事天命」

 著者 江口了太


 『人事天命』に寄せて
 本書の末尾に紹介されている著者の略年譜を一読すると、氏の努力の人生と軌跡がよく分かる。各編にはいかなる場面、出会いにも全身全霊で取り組んできた氏の人生哲学を窺い知ることができる。
  奇しくも私は氏が光友郵便局長時代、高度経済成長に取り残される地域の活性化を目指す「ムラおこし運動」に共鳴し、共に情熱を燃やした時があった。
  それから30年余を経て現在は、高齢社会にあって長いセカンドライフをいかに充実して生きるかという永遠の課題に向かって同じ人生史サークルの場で学び直しにチャレンジしている。氏の発言は理論整然として核心を突き、説得力がある。時には厳しい意見も頂くが、氏の現役時代の活躍を垣間見る思い出いである。
  奥様は一足先に自分史「窓の外は曇り空」を上梓されているが改めて手にするとご主人に負けぬご健筆である。レディファーストのお手本として、ちょっとだけ姉さん女房に花を持たせているのも氏の優しさであろう。
  既に卒寿越えの奥様と、間もなくその仲間入りをされる著者おふたりのほのぼの家庭と、二人揃っての自分史出版に心からお祝いを申し上ます。
 令和5年11月吉日
  人生史サークル黄櫨の会
    事務局長 東  邦次郎 

2023.10 追加

「夢想の八女物語」

 著者 樋口正博


 B5判695頁1・5kgの大作!
 樋口正博先生は、社会科の教師として八女地区で教鞭を取られました。教師としての真摯な態度が評価 され、若さに満ち溢れた教頭職・校長職に抜擢され、職を通して学校教育の充実に心血を注がれ、誰もが 認める校長として職を全うされました。
 先生は、専門の社会科授業の神髄を極めるために地域の歴史研究にも時を費やされました。「地域を知らずして社会科の授業内容は生徒に届かない」という先生の心情が、これまでまとめられた玉稿でも伺い知ることができます。
 また、小学校時代から続けられている「剣道」も全日本学生剣道優勝大会(団体)に出場し、先日まで黒木町剣友会の副会長・理事長として多くの剣士を世に送り出されました。
 樋口正博先生にとって剣道を語るとき、先生の御尊父「樋口卓次先生」の存在を忘れることはできません。
卓次先生も小学校校長を務めあげられました。更に、「統合黒木中学校剣道部」をご指導いただき、福岡県代表として「第二回全国剣道優勝大会敢闘賞(第三位)」に輝きました。生徒達のこの偉業も卓次先生を始め黒木町剣友会皆様の御指導の賜です。
 卓次先生のご造詣の深さや真摯な態度は、ご子息の樋口正博先生が確かに引き継がれ、今回の作品集の発刊に繋がっていると思います。

2023.09 追加

「筑後戦国史」

 著者 吉永正春

 昭和58年10月

 戦国争乱の頃、菊池、少弐、大友、大内、龍造寺、島津と他国の大勢力から国内を侵略されてきた筑後衆は、これら支配者のため多くの血と汗を流してきた。自らの意志で他国を侵略した経験をもたない筑後人は、その大らかな気質と、天惠の国土を征服者に利用された。
 取材に当って各地を歩いたが、筑後の豊かな風土と人情にふれ、山間の静かな水明の地が戦場となり、同族が敵味方に分かれて殺し合ったことなど、まるで嘘のようである。
 筑後の諸家が、乱世を行きぬくため、弱い者同士の知恵と行動で家の存続に"一所懸命"の努力をしたかは想像を絶するものがある。一族全滅してまでも"義"に殉じた家や、保身のための裏切りなど、それぞれの生き方を示しているが、何百年も続いた名家が滅亡してゆく様はまことに哀れである。
 この戦国史を通じて、郷土の先人が乱離の世にどのように生きたか、そしてその中から人間とは何かということを考えて頂けるなら望外の幸である。討つも討たれるも所詮は歴史の流れの中の一雫である。母なる大河、筑紫次郎は今日も悠々として流れ、遙か遠く筑後の空がひろがっている。

2023.07 追加

「川柳句集 魚拓」

 著者 包 目出緒

 今年、久留米番傘川柳会創 立60周年記念大会のおみやげに、「句集謹呈」を口にしてしまった。句集は墓碑銘でなく金字塔であり、いずれはと思いながら、還暦・古希・喜寿・傘寿と過ぎ半寿を迎えた。
 『番傘』近詠欄自由吟の投句は、平成20年から動物シリーズに特化した。『鳥獣戯画』の兎や蛙たちの嬉々とした姿を模して擬人化している。この句集は二分して、前半を「近詠」、後半をこのテーマで構成した。新しい発見をこれからも続けていきたい。
 句集を編むにあたり60年を振り返る時、50人を超える久番会員が鬼籍に入ったことに驚いています。柳友・先輩・知己に恵まれ、感謝でいっぱいです。
 句稿整理を手伝ってくれた長女・久子、パソコンを駆使して原稿作成の労を執ってくれた次女・文子、そしてタイトル等の揮毫に応じてくれた妻・治子に礼を言います。  ご多忙の中、身に余る序文をいただいた古谷龍太郎兄、的確な助言と共に上梓にご支援を賜った㈱東兄弟・東邦次郎会長に深甚の謝意を表します。 
 著者あとがきより一部抜粋

2023.07 追加

「年輪で画く木目」

 著者 馬場 淳次

 私は木材業を経営していた関係で、全国の銘木を見て回った。その中で千年以上の樹齢を経た屋久杉の木目は、永年の風雨に耐えたもので、一年中雨が降って適度な温度と湿気を保っているから縄文杉等数千年にも及ぶ樹齢を重ねている。また四国の土佐杉、秋田杉、吉野杉や桧等が有名で、その他広葉樹に至っては樹種樹齢はさまざま、全国に銘木が数多くあり、それらの樹木は自然の中で風水害や火災等の災害に耐えてこそ、生き残って年輪を重ねてゆく。それが見事な木目を画いていくことに感動を覚える。
 我が人生の中でこれまで画いてきた木目と、これから残された時間の中で、重ねていく仕上げの年輪で何が画けるか、楽しみながら見守って生きたいと念じている。
 著者あとがきより一部抜粋

2023.07 追加

「中央大学

  卒業六十周年記念誌」

 著 白門三八会

  白門三八会の皆様におかれましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。 本年は私たちが中央大学を卒業して60周年、全員が82歳以上となりました。
 白門三八会においては、各部門が計画を立てて活動しています。事業活動では、被災地交流及び地方学員会との交流を名古屋犬山、北海道、東日本大震災のいわきと福島県会津などで行い、熊本市大西一史市長からは「熊本城復興城主手形」という称号もいただきました。今後も社会に貢献しながら、共に助け合っていける活動を通して、白門同友との交流を深めていきたいと思っています。 “100才時代”に相応しく、有意義な白門三八会の活動を推進しましょう。
中央大学卒業六十周年記念誌
白門三八会 会長 宮澤公廣
  令和5年7月発行
  三八会会長挨拶より抜粋

2023.07 追加

「峠を越えて」

 著者 鹿田 峯子

 本書を一読。著者は向上心旺盛、かつ社会の変化に遅れないように全身にアンテナを張り、知識の吸収に熱心な人とお見受けした。
 山あいに住むハンディを物ともせず、愛車を駆って毎日東奔西走するエネルギッシュな婦人である。
 近所に住むよしみで、源太窯の山本源太氏が請われて本書タイトルの命名と題字揮毫に応じている。
 カバー絵は亡夫正弘さん撮影の星野村秋の絶景、棚田と彼岸花を背景に、源太さんの伸びやかな文字がこの本に花を添えている。
著者が浮羽から耳納山脈を越えて嫁いだ頃はトンネルはなくずい分難渋したことであろう。
 中学校卒業と同時に、美容師になる夢を追い、父親の反対を押し切るようにして神戸へ。15歳の少女が頼る者もいない都会での日々、辛い時思い出し慰められたのは故郷の両親、うきはの山や川ではなかっただろうか。
 茶の里に嫁いで60年近く、星野のやさしい風土と人情に支えられ育てられて今がある。書中には悲喜こもごものドラマが記されているが、随所に幾年月の中で著者が出会って影響を受けた人々に対する感謝の気持ちが込められている。
 もう年だからと諦めて、可能性に自分でシャッターを降さなければ年齢なんか関係ない。いくつになっても夢と希望を持って生きようとする心構えが、いかに大切かを教えている。特に後期高齢期を生きるご同輩に、一読をおすすめしたい一冊である。
  令和5年7月
  人生史サークル黄櫨の会
   事務局長 東 邦 次 郎

2023.05 追加

「奥八女の四季を彩る花々たち」

 著者 近藤 倫彦

 近藤倫彦
昭和18年3月10日生まれ。
 清流矢部川のほとりで生まれる。夏は水泳、魚釣りなどで過ごし、冬はスズメやカワラヒワを捕って過ごす。
八女高等学校を卒業後、福岡学芸大学に進学・卒業。八女市の小学校に就職。
 退職後は釣りに行ったりしながら、野生の植物の花の写真を撮る。最近では矢部村に集中し2008年8月、八女市矢部村日向神ダム湖畔でバージニアツユクサを発見。

2023.01 追加

「自撰61句絵詞」

 著者 梅野 博記


2023.01 追加

「延さんの魔法の言葉」

 著者 堤脳神経外科クリニック 堤 健二

  現在スタッフみんなで力を合わせて頑張っている中で、新しい素晴らしいスタッフが加わり、新しい駐車場建設や通所リハビリテーションの開始もできました。
 一番感謝するのは、健康を支えてくれている妻です。喜怒哀楽を共にしております。そしてクリニックのスタッフに感謝しております。
 私に生きる力を与えてくれる存在。トイプードルの「ロコちゃん」は今11歳ですが、院長を見ると散歩を催促し、4WD車のようにほふく前進で公園まで引っ張っていきます。生きがいを与えてくれますが、反面付き合うのは大変疲れます。
 生きがいを与えてくれるものは、へとへとになることを覚悟しなくてはいけないことを教えられます。疲れてぐっすり休めます。それではまた。

2023.04 追加

「黄櫨 第76号」

 人生史サークル 黄櫨の会

 ずい分日が長くなりました。
「春の日は暮れそうで暮れぬ」
という諺があるようです。
 こんなに気持ちのよい春の宵はもったいなくて薄明かりの中、いつまでも外にいたい気分です。
 黄櫨第76号をお届けします。 今号は全48編のうち9編がスーパーシニアで、若い?会員が押され気味のようです。 全編力作揃い、お読み頂ければ幸甚に存じます。
  本会ではこれからも老若男女、皆さん切磋琢磨しながら頑張ります。
 2023年4月15日
 人生史サークル 黄櫨の会
       代表 牛島 一美

2023.04 追加

「筑後郷土史研究会会誌 第62号」

 筑後郷土史研究会

 編集後記
 筑後郷土史研究会誌第六十二号を皆様にお届け致します。ご多用な中に投稿をいただきました執筆者の皆様に心からお礼を申し上げます。
 筑後郷土史研究会が発足したのは昭和二十六年八月、筑後郷土史研究会第一号が発刊されたのは、今から四十年ほど前の昭和五十八年三月でした。創刊号には「筑後郷土史会三十年史の発刊に続けて、筑後郷土史研究会誌を発刊しては・・・」という当時の会員の皆様の声で郷土史研究会誌の創刊となり、その第一号は昭和五十八年に発刊されたことが記されています。当時の会長は右田乙次郎氏でした。先輩会員の貴重な調査・研究の集大成である筑後郷土史研究会誌は、このような経過を辿って今日に至っております。
 本研究会誌の編集に携わる中で、これまで執筆して頂いた皆様の熱意と調査研究の内容の深さ、それに自分たちが住んでいる郷土への誇りを感じています。ところが、宮原会長の発刊の挨拶にもありましたように、令和六年度から私どもの筑後郷土史研究会は、筑後市郷土資料館の指定管理者から外されることになりました。このことは、今後の私たちの活動全般に渡り、計り知れないダメージを受けることになります。更に「地域の歴史・文化財等を広く市民の皆様へ啓発する」という面からも大きな制約をうける事になります。今後も、宮原会長を中心にして、郷土史研究会の規約にある「本会は、筑後市を中心とする筑後地方の史実、口碑、民謡、民族等の研究をし、遺物・史跡の保護・史料・古美術の資料蒐集等筑後文化に貢献する」を目的として活動を続けて参りたいと存じます。
 今後も会員の皆様からの積極的なご協力と郷土史研究会誌への投稿をお待ちしています。
 末尾になりましたが東兄弟様には本誌の発刊にあたり終始丁寧な対応をして頂誠に有り難う御座いました。
   編集委員  隈本干城
         近本輝雄

2023.04 追加

「自分史 母国・祖国(下)」

 著者 吉泉恒徳

 著者は米寿の年に自分史「母国・祖国」の上巻を上梓されている。今回は卒寿を期しての自分史「下巻」の発刊である。この本も時空を越えて悠久の旅に出る。
90歳の氏が僅か2年の間にこれだけのものをまとめられたことに驚愕する。
 氏は平成24年7月の北部九州豪雨で自宅1階が水没、貴重な資料の大半を失っている。そのハンディを乗り越えての快挙である。上巻の時は気軽に感想を書かせてもらったが、今回は余りに膨大で鼻たれ小僧にはとても手が出ない。なにしろ原稿用紙千数百枚。約45万字、A5判440頁に及ぶ大作である。作る側としてはこれを読者の元へどんな手段で届けるかに腐心した。
 編集、紙質、装丁を工夫して本の厚さを2㎝以内に収めることにしたが著作の内容に対して十分だったか気になる。これに上巻が加わって自分史全巻となる。
「仰げば尊し我が師の恩…」と歌っていた時代は教師と教え子、父兄との絆は太くて濃密だった。親は教師を信頼し、子は先生と呼んで敬慕した。恩師を招いての同窓会はその頃正月の恒例行事だった。結婚式には来賓としてご案内し、祝辞を賜った。本誌にはたくさんの教え子さんの名前や写真が登場する。いつの日かそれに対面した人たちはきっと懐かしく先生のことを思い出すだろう。「教育は一瞬 教えは一生」を実践された教師である。
 更に「一生を貫く職業と 一生を貫く趣味を持った人は幸福な人生を送った人である」ことの生き証人であることをつけ加えたい。
 中学時代から短詩型文学の創作の道を進み、短歌・俳句の旅は八十年に達する。趣味の域を越した著者の人生の旅、そのものと言える。
 奥様ご健在の頃は家族で旅行を楽しみ、三人の娘さんはそれぞれ立派な家庭を築かれている。その後は親しい仲間たちとセカンドステージを謳歌されてきた。
百歳人生を歩く氏にとって90歳は通過点に過ぎない。これからも長寿者のみが見ることのできる人生を思う存分堪能されるよう願っている。
人はし 人は恨めし 人の世の
 凪もにも 遭ひてぞ生きる
   (本誌著者あとがき)

 令和5年5月
  人生史サークル黄櫨の会
   事務局長 東 邦次郎

2023.04 追加

光友地区地域振興計画

 光友地区地域振興会議

 光友地区地域振興会議は平成18年に発足し、光友地区が住みよい町となることを目指し、これまで様々な事業を行ってきました。これまでに、社会情勢の急激な変化にともない、八女市との編入合併(平成22年2月1日)や、光友小中学校と辺春小中学校の統合(立花小中学校)など、光友地区を取り囲む生活環境も大きく様変わりし、今後も大きな変化が想像できます。平成25年4月に「光友地区地域振興計画」を作成し、この計画をもとに事業を進めてきましたが、計画策定から10年を経過するにあたり、新たな光友地区のまちづくり振興計画を策定いたしました。昨年7月に、光友地区振興計画更新策定委員会(31名)を結成し、議論を進めてまいりました。今回も光友地区の全世帯からの「まちづくりアンケート」を基礎資料として、より多くの方々からの意見を反映した振興計画を策定致しました。これからの10年間の振興計画となりますので、この計画に基づいて、住みよい光友地区のまちづくりに向かってともに進みましょう。
   光友地区地域振興会議

2023.04 追加

「人間にくずはない」

 著者 金沢 嘉市

 

2023.04 追加

「道心は国の宝」