暮らしと方言の色揚げ

内山一兄・郷田敏男

 
 
 
 
 
 
 

節分・立春


節分の鬼やらいは、

古来宮中の大晦日の行事「ついな」が移入されたものだと言われています。


この鬼やらいの行事は、飛鳥時代の終わりごろからはじまった宮中の歳末行事なのです。

内裏の四門を巡って鬼(邪気)を追い回す行事ですが、

これがいつの間にか社寺・民間にも伝わり、

時期も大晦日から節分の夜に変わってきたのだと言われます。


「ソーソー。豆撒キデ オメデータガ ヨサリ 火起コシ竹モ ホシチョーッタナヤ」

「ソータイ。古カ火起コシ竹ニ 口バ当テテ 『貧乏神ャ 出テイケー』チューテ

オロタエテ カンナ屑デ 栓バ詰メテ 外サン 投ゲ出ショーッタタイ・・・」。


釜屋のくどに付き物の火起こし竹とうちわに付けだけ(杉・檜などを薄くそいだ木片の端に硫黄をぬりつけたもの)、

それに荒神さんの御幣・・・、淡い記憶が蘇ってきます。


この火吹き竹に厄や悪魔を詰めて外に放り出すのです。

悪魔の旅出のわらじ銭として、一文銭を入れて放り出すところもあります。

 

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